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第7話 決意②

last update Last Updated: 2025-06-08 17:01:21

「俺は嫌だ……俺はおまえがそんな風に生きていくのは嫌なんだっ」

 要は苦しそうに声を詰まらせながら、顔を歪める。

 楓はそんな要のことを目を丸くして凝視していた。

 なんで、なんであなたがそんな表情をするの?

「関係ないでしょ、何なの……私のことは放っておいてよ。

 どうして、そんなに私に構うの?」

 楓にここまで関心をよせ、関わろうとする人間は初めてだった。

 要の言動の意味がわからなくて、楓の頭は混乱していた。

 激しく戸惑い動揺する楓を見つめ、要は照れくさそうな表情をし、小さく笑う。

「おまえが心配だから……それじゃあ理由にならない?」

「……わかんない、わかんないよ。もう……わかんない」

 楓は小さく頭を振る。

 疲れていて、もう何も考えたくなかった。

「俺がいる」

「え?」

 お互いの視線がぶつかる。

 要の瞳は、すごく綺麗で澄んでいた。

「俺がいるよ、井上の傍に。

 俺はおまえの味方だ、絶対裏切らない。信じてくれ」

 要の身体にすっぽりと楓は包まれる。

 とても温かかくて、気持ち良くて安心する――。

 こんな風に誰かに抱きしめてもらったこと、あっただろうか。

 遠い昔の記憶を辿ろうとするが、思い出せなかった。

「おまえ……今まで本当によく頑張ったな。

 今まで生きていてくれて、ありがとう。俺に出逢ってくれて、ありがとう。

 もう一人で頑張るな、これからは俺がついてる。

 弱くたっていいんだ、強くなくたっていい。おまえはおまえのままで――」

「なっ…………んでっ……っっ」

 楓の頬を涙が伝っていく。

 押し殺していた感情が一気に溢れ出すように、ポロポロと涙は次々と落ちていった。

 なんで要はいつも欲しい言葉をくれるんだろう。

 傍にいて欲しいときに、いてくれるんだろう。

 なんで、こんなに暖かいんだろう。

 要は楓の涙を宝物に触れるようにそっと優しくぬぐってくれた。

「なんで、あなたが……そんなことっ」

 泣きじゃくる楓はなんとか要の体を押し返そうとする。が、要はさらにきつく楓を抱きしめてきた。

「おまえが好きだからだよ! わかれよっ」

 楓が驚いて要を見つめると、要の顔は赤く染まっているように見えた。

「え? なんで……そんな、だって、好きになる理由ないし。

 そんな素振りなかった!」

 予想しなかった言葉に頭は混乱し、もうどうしていいかわからない楓はあたふたするしかない。

 激しく動揺する楓を見つめ、要は短くため息をついた。

「あのなあ……気づいたら好きになってた、そういうもんだろ。

 それに……そんなすぐにアピールできねえよ。

 好きなら、なおさら」

 少し恥ずかしそうに下を向く要が可愛く見えてしまったことに驚きつつ、不思議と楓の心はふわふわしていた。

「……返事はどうでもいいからさ。

 とにかく俺がついてるから、もう一人で抱え込むなよ」

 要の告白に、楓は世界がひっくり返るかと思うほど驚いた。

 しかしそれ以上に、安堵からか涙が次から次へとまた溢れてくる。

 すべてを受け入れ、受け止めてくれる存在。

 その存在がどれだけ安心感を生むことか……。

 暗闇の中に、暖かな光が差し込んだような気がした。

 楓は要の胸に顔をうずめると、今まで溜めてきたたくさんの感情を吐露するかのように泣いた。

 大きな声で、腹の底から、心の底から泣いた。

 それに伴い、涙は滝のように溢れていった。

 しばらくして、楓は泣き疲れたのか要の膝の上で眠り、すやすやと寝息を立てていた。

 その顔は、母親の胸で安心して眠っている赤ん坊のような、安らいだ顔だった。

 要はそんな楓を優しく見つめながら、何かを真剣に考え込んでいる。

「……俺が必ず守る」

 その瞳には、何か強い意志を宿したかのような淡い光を放っていた。

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